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積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

絶望=? 意味=?

4月22日NHK Eテレ 達×達 スイッチインタビューは、バリアフリー研究者 福島智×生命科学柳澤桂子だった。

落ち着いて見れる時に、と思っているうちに、録画から一か月近くたってしまった。

「絶望とは、意味なき苦悩  絶望=苦悩ー意味」

「意味は、苦悩の中に希望を抱くこと 意味=苦悩ー絶望  →  意味=苦悩+希望」

「人間の本能の中に、祈りの回路があるのではないか」

このブログにメモしておきたくなった。

 

「絶望」、自分ってだめだなぁとか、どうにもならない状況になったときとか、先が何にも見えないと思ったとき、心の中で何かを信じようと思うことがある。

何か特定の宗教とかではなくて、自分の意味を探す祈り?とでもいったらいいのか。

 

 

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『空白の天気図』

『空白の天気図』柳田邦男著 (文春文庫)

最後まで読み切れるかと不安に思いながらコツコツ読んでいるうちに、徐々に入り込んで読み終えた。

 

去年だったか、宮浜温泉に向かっている途中「京都大学・・・・」と書かれた石碑を車中から見つけて、なぜここに京都大学?と不思議に思ったことがあった。

この本で、京都大学から原爆被害調査に来た人たちが、昭和20年9月枕崎台風の山津波で命を落としているということがわかった。

まさか広島市外で、台風被害で亡くなることになろうとは、学校関係者、ご家族、誰も思わなかっただろう。

 

原爆の影響が台風の被害をさらに大きくし、8月には火に焼かれ、9月には水に襲われ、昭和20年、どんなに大変な年だったことか。

食料もなく、交通手段もない中、歩き回って被爆の状況、台風の被害状況を調査してこられた気象台員の方々がどんなに苦労されたか、頭が下がる。

 

いつかこの本が映像化されないだろうか。

漫画とか、連続テレビアニメとかはどうだろう。

 

人間の、日々の仕事の積み重ねがどんなに大事なことか、また、仕事が、こんなに大変な人災・天災を乗り越えていく支えになったこと、伝えていきたいことだ。

 

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ドドンパ!

先日テレビ番組「徹子の部屋」で、渡辺マリさんが「東京ドドンパ娘」を唄っていた。

55年前にヒットした曲そうだ。

そういえば小さい頃聞いていた。

よく懐メロで、懐かしいなと思って聞く曲はたくさんある。

でもこの曲、なんだか懐かしいというより今にマッチしている気がして、あれから頭の中でずっと曲が鳴っている。

渡辺マリさんが今を楽しく過ごしている様子を番組で見たからか。

母にこの曲を聴かせてみたら、「うわぁ!聞いたことがある!」と言って、身体を少し揺らしていた。

今言ったこともすぐ忘れる状態だけれど、血が騒ぐって感じだったのかな。

このリズム、明るく元気になれる。

 

 

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「忖度」自己流解釈

「忖度」、この言葉最近毎日テレビから聞こえてくる。

大辞林第三版によると、「他人の気持ちをおしはかること。推察」となっている。

私の勝手な解釈では、「自分勝手な思いやり」「都合のいい思い込み」。

勝手に自分に都合がいいように解釈して、自分が困らないように言い訳できる状況を作り上げていく。

「聞けばいいじゃん」って話だよね。

日常生活「忖度している」こと多くて、ちゃんと「確認」すればいいのに、ついつい「聞く」ことをおろそかにしてしまう。

例えば、リフォーム業者にちゃんと聞いたり確認すれば済むことを、つい「忖度」して「まあ、いいか」にしてしまう。

物事の推察が深い人から浅い人まで個人差があると思うが、「気が付いた、気が付かない」「言った・言わない」「聞いた・聞いてない」いろいろある。

「思いやり・推察」もがんじがらめになると、しんどい。

 

 

『赤ヘル1975』

広島の本屋に行くとカープコーナーがあって、いろんなカープ関連本が置かれている。

去年の活躍もあり、今まで以上に目につく。

その中で重松清著『赤ヘル1975』(講談社文庫)が目に留まった。

1975年春に広島へ転校してきた中学1年生の男子と、地元の子どもたち、親、地域の大人との交流を、カープ初優勝への快進撃を織り交ぜながら書かれている。

 

転校生「よそモン」が、カープのこと、原爆のこと、他の地域で起こった空襲のこと、いろんなことを知って、考えて、成長していく。

本に書かれているいろんな出来事を「あ~、そうだった」と思い出し、笑って、泣いた。

懐かしかった。

 

1975年私は高校1年生だった。当時の我が家は、野球が始まるとテレビのチャンネル権は父に移り、ふてくされて勉強机に移動し、試合が長くなってテレビが延長放送に入ると仕方なくお風呂にはいる。出てみると、だいたいカープは負けていて、いつも「よいよ、つまらんのぉ~」と父がぼやく、というのが常だった。

それがこの年、いつも「はよお風呂はいりんさい!」と試合を見続けている父に怒っていた母が、一緒にテレビで試合を見るようになった。

カープ女子の始まりは母親世代からじゃないかと思う。

 

 

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映画「ラ・ラ・ランド」

アカデミー賞で話題になっていた映画。

若い頃ハリウッド作品というと華やかできれいで、アメリカに行ってみたいとあこがれて見ていた、あの気分を思い出させてくれた。

すてきな楽曲と、カラフルな映像と、 見終わって明るくなるまでの暗闇が貴重だった。

劇場の階段を下りながら鼻をすすると、前の人も鼻をすすっていた。

観客一人一人に何を思い出しましたか?と聞いてみたくなる。

最初から速攻寝ていた人がいて「ありゃー」と思いましたが、最初から「オー!!」っていうシーンでしたよ。

 

 

 

声に感動 映画「ふたりの桃源郷」

この映画満席でした。

戦後山を切り開いて生活していた夫婦が、子どものために都会へ出るが、子育てが終わって余生はあの山で過ごしたいと戻ってきた。

この二人の生活を25年に渡って追ったテレビ番組を映画版に編集した作品。

六十代後半の二人が畑仕事や食事の準備、お風呂の支度と、助け合いながら声を掛け合いながら生活している様子が、ユーモラスであり危なっかしくも見えるが、不平不満はなく、心からこの生活を楽しんでいる様子が伝わってくる。

七十代、八十代と歳を重ねていくにつれ、子どもたちのサポートが厚くなっていく。

親の老後と子どもたちの老後も重なっていく。

おじいさんが、身体がかなりよぼよぼしていたのだが、帰っていく子どもたちを見送るとき、少し背を伸ばし直立のようになって思わず敬礼しそうに見えたシーンがあった。

おじいさんの戦争の体験を思い出した。

生きていくうえで何が一番大事か、二人には共通の認識がぶれずにあったから、毎日を大事に過ごすことができたのだろう。

おばあさんが山に入っていったおじいさんがなかなか帰ってこなくて、山に向かって叫ぶのだが、ものすごい迫力があった。腹の底から声を届ける。山からもおじいさんの声が届く。

携帯に頼らなくても、人間の身体を使ってできることはある。

山にこだまする❝声❞が気持ちよかった。