積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

テレビドラマ「コード・ブルードクターヘリ緊急救命」

昨日が最終回だった。

このシリーズの途中から見始めたのだが、❝マジ❞な感じが良かった。

俳優さんたちの演技もよかった。

「人生の大事な選択を人任せにしないで・・・」

このセリフは、医師が、生存の見込みのない妊婦の夫に対して語った言葉。

他にも自分だったら、どう判断するだろうと考えさせられるシーンが多かった。

次々と的確な判断をしていかなければならない救命医療の現場を描いたドラマ、だから、❝マジ❞な作りがピッタンコ。

 

映画「君の膵臓をたべたい」

その日の気分で見る映画を決めることがある。

映画館で泣きたいなと思って、「君の膵臓をたべたい」にした。

正解。なんか・・・・、泣きました。

過去と現在との場面転換、いったりきたりが気にならずスムーズで良かった。

現在の友人役(北川景子)のあのシーン(まだ見てない人に申し訳ないので)も、自然でよかった。

この原作本、読んでみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビドラマ「定年女子」をみて

NHK BSテレビドラマ「定年女子」

仕事の事、家族、友だち関係、男性との出会い、”今"が、かっこよく描かれていた。

南果歩が主演で、実生活とドラマが重なって話題になっていた。

渦中にこのドラマで主役を演じるのは大変だっただろうな。

元姑役の草笛光子さん素敵だった。

 

後半、夫の不倫が原因で別れた、元姑の世話をすることになるのだが、「好きか嫌いで言えば(元姑のこと)好きじゃない、でも関わった人として世話したい・・・」というようなことを語る場面があった。

このドラマを見ていて、ちょっと昔の事を思い出した。

 

 私は結婚する前、舅姑に対し、家の雰囲気が全然違うので「これは分かり合えないかも。一応長男の嫁なのだから私が世話をしなければいけない、大丈夫かしら」と不安に思っていた。

このころはまだ我が家には「長男の嫁」という感覚が強くあって、母から「ちゃんと看てあげなさいよ」と送り出されたのだ。

末っ子で甘えて育ち、何事に対しても責任を持たなければならないということを感じることなく育っていたので不安もあったが同時に、「自分が、責任もって関わっていかなければいけない人たち」そういう存在を持てたことがうれしくもあった。

 

結婚後、姑に「嫁姑の付き合いではなく、同じ人間同士の付き合いをしよう」と言われたことがあった。

その時"同士"っていう感覚を持った。

女同士・・・○○同士・・・

 

人生の中で、自分が責任をもって関わらないといけないと思う人は、身内かもしれないし、通りすがりの人になるかもしれないし、人それぞれなのだろう。

 

私の場合は、「私が看なければいけない」と自分が勝手に作り上げた責任だっかもしれない。

 

私が姑との間で感じた"同士"という感覚は、もしかしたら「好き」とか「嫌い」はどこか遠くへ追いやることができるのかもしれない。

 

エンディングに流れる竹内まりやの曲「もう一度」が耳に心地よくて、明るい気分で次回を楽しみにしていたが、先週で最終回。

この曲が頭の中、ずっと流れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画「夜明けを告げるルーのうた」

映画を見てすぐブログを書けばいいのに、上手に書こうと頭の中で文章を組み立てているうちに、どんどん次の情報が入ってきて、ずるずると日にちがたってしまいます。

 

海外の映画祭で賞をとったという情報だけで見に行ったのですが、これがおもしろくて楽しめました。

アニメ作品で、駆け抜ける感じが良くて、いろんな工夫がされているようで、新しい感覚でした。

 

何年か前に、斉藤和義の歌にはまってよく聞いていた時期があったのですが、それも聴けてうれしかった。

映画「鈴木先生」

連続の休みで、たまっていたテレビの録画を見ている。

映画「鈴木先生」(2013年)

鈴木先生が子どもたちに「演じることは、社会に出て大人になって役に立つ」という話をしていた。

 

数年前、放送大学の面接授業で「仕事をしている役、母親・父親の役 子どもの役などなど、みんな何かの役を演じながら生きている 」と教えてもらったことがある。

なるほどなと思ってそれ以来、少し意識しながら行動していた時期があった。

この映画を見て、それを思い出した。

親の役、母親の役、嫁の役、娘の役、妻の役・・・・、あれから、子どもが成人し、義父母が亡くなり、親も認知症で子どもの存在がわからなくなりと、生活が変化していくにつれ、ひとつづつ役がなくなって、今の自分がなんか不安定、寄り処がないと感じてしまうのは、「役がない=することがない、何物でもない」だからか、と思った。

こんな時を過ごしつつ、「年寄りの役」がだんだん身についてくるのでしょうか。

 

 

 

 

 

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NHKテレビドラマ「ふたりのキャンバス」

8月1日 NHKテレビ ヒロシマ8.6ドラマ「ふたりのキャンバス」を見た。

 

広島市立基町高等学校では、10年前から、被爆体験証言者から話を聴いて「原爆の絵」の制作に取り組んでいる。

この取り組みを題材に、原爆の事、友達の事を、知ろうとすること、わかろうとすることなど、短いドラマの中で、縦軸横軸、いろんな心模様を描いていた。

主役の小芝風花さんと、被爆体験証言者役の近藤正臣さん、二人の会話、雰囲気が良かった。

 

現代は大きな出来事が起こっても、リアルタイムに色付きの映像が目に飛び込んでくる。

原爆が落とされたときは、白黒の世界。現実を知っている人が描くか、誰かが書き起こすしか、のちの人に生の映像を知らせる方法がない。

記憶をたどって描けるのも、体験者がいなくなったらできなくなる。

 

高校生たちが描いている、そのことがなんだかうれしいと思った。

絵の力を感じたからか、絵を見て泣きそうになった。

 

 1日のは中国地域版だったが、全国放送で8月5日(土)15:05~放映される。

実はこのドラマに、私人生初エキストラとして参加していて、小芝風花さんをまじかで見た。女優さんにこんなにすぐ近くであったことなかったので、「ぶち、緊張した!」

 

 

 

 

 

 

 

ふりかえって

このはてなブログでは、時々、一年前・二年前・・・の、自分が書いたブログを送ってくる。

先日届いたのを読み返すと、あー恥の垂れ流しだ~。

 

まったく文章を書くのがうまくなっていない。

成長がない。

恥ずかしいよ~。

なんか、おかしいんだよね。

これはやっぱり小さい頃からの読書の積み重ねが少ないからか!

 

 

 

 

 

 

 

 

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