積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

映画「高津川」

ストレートなタイトルなので、地味に感じて敬遠する人がいたら、いやいや、ぜひ見に行ってくださいと言いたい。

今広島で先行上映している。

 

地域の人のつながり、親子のつながり

それぞれの立場から描かれている。

 

映画に関連していろいろ書きたいけれど、やめる。

とにかくいい映画だった。

じわじわと名シーンが評判を呼びそう。

 

きれいな映像

川の音 

役者さんたちみんなのバランスがよかった。

私は目と鼻の頭を赤くして劇場を出た。

最後まであんこの詰まった映画だった。

 

 

ローマ教皇訪日・桜を見る会

やっぱり気になる。

連日首相主催「桜を見る会」について、いろいろな見解が展開されている。

会のあり方を糺すことは大事、筋道を立てて過去の整理、今後に向けてのルール作り、やるべきことはやってもらわないといけないが。

でも、ほかに議論しないといけないことあるんじゃないの?と思う。

テレビに登場する政治家のお顔を見ていると、ローマ教皇が発せられたメッセージ、ちゃんと受け止めているのだろうか。

触れたくないのか、触れられないのか。

 

 

 

 

 

 

 

今朝の情報番組を見て~SNS~

今朝の情報番組スッキリを見ていたら先日行方不明になっていた少女の事件に関連して、SNSとのつきあい方について議論していた。

 

子どもを育てる親も大変、育っていく子どもも大変、生きにくいというか難しい世の中だ。

でもいつの時代もいろんな道具が作り出され、その使い方であれやこれや起こってきたことだろう。

「使うな」「制限」と言ったところで、子どもは隠れてばれないように使いたがるだろうしね。

親も子も、右往左往。

大人も使いこなせている人、まだ慣れない人、使ってない人いろいろ。

どうだったらいいのか、まだまだわからない。

コメンテーターの人たちの話を聞いていても、まだ社会に熟成していない道具なんだと、そんな気がした。

「個人情報を外に出さないほうがいい」、反対に「検索して何も出てこなかったら本当にこの人を信用していいのだろうか不安になる」そんな考えもあり、どちらもなるほどなと思う。

社会的に広く活動する人は、オープンにしたほうが信用につながり、そうでなければオープンにしないほうが安全、そんな線引きどうなのかしら。

ここから先の答え?どう考えたらいいのか?を見つけていこう。

 

こういう事件を通して、自分だったらどうするか。

今小学生の子どもがいたら、私は子どもになんて言うだろう。

 

「私にはあなたを守る責任がある。あなたが今まであったことがない人に会うときは、私もついていく。今は一人で会うのはダメ。もう少し大きくなったら、また話し合おう」

こう言うかな。

 

 

 

 

 

 

映画「ホテル・ムンバイ」

映画「ホテル・ムンバイ」

2008年インド ムンバイの高級ホテルで起きたテロ事件を題材にしている。

 

最初から最後まで、緊張して観ていた。

悲惨な映画でもたいていどこかでほっとできる時間があったりするけれど、これはほとんどない。

実話を映画にしているので、実際こうだったのだろうと思うと、気が抜けなかった。

テロリストたちは、まだ若い。

純粋ゆえに観ていて悲しい。

主人公の信条を破ることになってもととった行動と、ただの生活習慣ですら捨てられない、気がつかないお客達。

私の中のこの映画のキーワードは「靴」だった。

 

 

 

 

 

映画「ひとよ」

映画「ひとよ」

ちょっと暗そう、おとなしめの感じがしてどうしようかなーと思っていたが、テレビや映画にたくさん出演されないイメージがあるお母さん役の田中裕子さんが気になって観た。

 

暗いという感じではなく、良かった。

音尾琢真さんがいい抜け感で、全体をうまく中和させていたような、いいバランスだった。

お母さん役、ほかに誰が演じられただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

かこさとし著『未来のだるまちゃんへ』を通して

我が家に、子どもが成人してもまだ本棚に残っている絵本がある。

『だるまちゃんととらのこちゃん』加古里子 さく/え  福音館書店

口に出して読むとリズムが良くて、読んでいる私が楽しくて、その時の記憶があるために今まで捨てられなかった。

加古さんは2018年5月逝去。

 

「これまでの自分は、昭和二十年で死んだのだ。ここから以後は、余生である。余生というからには、先に逝った仲間たちのぶんも生きて、自らの誤りを償わなければならない。それには何ができるのかを、真剣に考え、それを実践し続ける。そのために残りの人生を捧げ尽くそう。僕はそう決めました。」

 

加古さんは「終戦」ではなく「敗戦」と書いているが、それ以後こう覚悟を決めて、会社勤めをしながら、地域でセツルメント(市民ボランティア)活動も継続、この活動で子どもたちから学んだことを活かしながら絵本作成へとつながっている。

工学博士であり、福祉や児童教育を専門で学んだ人ではない。

加古さんがどんな親に育てられ、どんなふうに育ってきたのか、絵本作家への道程が分かった。

必死で仕事も絵本作りもしてこられていた。

「覚悟」があったから。

 

今の時代と比べようもないけれど、現在の大人が読んで、子育てのヒントがいろいろあると思った。

私が子育て世代を過ぎて、客観的に子どもたちや子どもを取り巻く環境が見れるようになったから理解できるようになったのかもしれないが。

 

加古さんの絵本を探しに大手書店に行った。

児童書コーナーが広く、遊べる場所も親子で読み聞かせのできるスペースもある。

たくさんの家族連れがいた。

その中で目的の絵本を探したのだが、結局見つけ出せないまま帰ってきた。

探すという作業がどうも苦手で。

しかしあのたくさんの本の中でどうやって子どもたちは「読んでみたい」という本を見つけているのだろう。

今の子どもたちは情報処理能力を小さい頃からこうやって鍛えられているのだろうか。

なんて脱線して考えてしまった。 

 

 

 

 

 

 

 

映画「ひろしま」

10月24日NHK ETV特集「忘れられた"ひろしま"~8万8千人が演じた”あの日"~」

何年か前、この映画を見た。

あの時も思ったが、この番組を見てまたやっぱりすごい映画だ。

現在外国でこの映画の上映が広がっているそうだ。

ほんとたくさんの人に見てほしい。

この映画は、被爆投下からわずか8年後被爆地広島で、被爆した子どもたちの手記をもとに、被爆した人たちも参加して作られている。

この映画作りに参加した人たちの原動力は何だったのか。

1955年ベルリン国際映画祭長編映画賞受賞作品だというのに、なぜ大手配給会社から配給されなかったのか。

なぜいまだに核を抑止力ととらえる人たちがいるのか。

いろいろこみあげてくるものがある。

この映画は100年たってもその先も色あせない、ずっとずっと残り続けると思う。