積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

映画「長いお別れ」

映画「長いお別れ」

蒼井優山里亮太結婚を祝って、蒼井優主演の映画を見に行った。

長いお別れ・・・認知症の人を見ていると確かにそう、ゆっくり時間をもらっているそんな気がする。

その間に家族にもいろいろな変化があり、みんなそれぞれたくましくなっていく。

くすっと笑えるシーンもあり、上質の映画って感じ。

俳優さんたちがみんなよかった。

 

人によっては、別に・とくには、って思うかもしれない。

でもどうしたことか、途中から泣けて泣けて、映画館を出て家に帰る途中も泣けて泣けて、帰ってからも泣いた。

なんでだったのかな。

 

あの時ああだったね、とか、こうだったね、とか、一緒にあそこ行ってみようか、とか言いながら、母を思っているようで、実は、今思えば、認知症の母を訪ねることで、その時のほかの問題でどうにもならない自分の気持ちを沈めていただけだったのかもしれないなんて、自分を振り返ってしまった。

歳とともに、涙腺が緩くなってきたからか。

 

 

NHKBS「THIS IS US 2」

以前放送されていたNHKBS「THIS IS US」の続編が今放送されている。

あれ?これで終わりって不思議に思っていたのだが、続きがあったんですね。

納得。

このドラマ、時代が前後していたり、登場人物の場面がいろいろ変わったりで、その構成になれるのに時間がかかった。

だんだんわかってくるとじんわり、心に響く作品だ。

白人夫婦に三つ子が誕生したのだけど三番目の子どもは亡くなった。死産だったかな?

その日消防署の前に黒人の男の子が捨てられ、病院に保護された。

この夫婦がこの子を引き取り育てていく。

日本では想像つかない状況だ。

アメリカ社会でも難しいのではと思う。

成人した三人の子どもそれぞれの今の状況に、成長していく過程で起こった家族のいろいろな出来事を挟み込みながら、ドラマは進んでいく。

捨てられた男の子は、結婚し子どもを持ったところで、自分も不遇な状況にいる子どもを引き取り育てようとする。

二人の白人の子どもたちもそれぞれ問題を抱えている。

三人は互いの理解者だ。

文化は違えど、親になろうとする覚悟、親自身の気持ち、きょうだいの気持ち、支えようとする人たちの気持ち、伝わってくるものがある。

テーマ曲を聞いていると、小さい頃や昔を思い出した時、何かに優しく包まれたような、ちょっと切なくなるような、苦くて酸っぱい感じにもなる。

いい曲だと思う。

 

 

 

 

 

 

NHK大河「いだてん」が、時代が前後したり、人物の登場場面がいろいろ変わったりでよくわからない・・・という感想を持ちながらもスタートからずっと見ている。

 

このドラマも、

でも見ていくうちに、なんとなくはまっていくという感じで、こういう構成に慣れたからか、「いだてん」もそのうち大きな流れになっていくのだろうと期待している。

この文章も二つのドラマの話が混ざってよくわからなーいと言われそうだが、今までは学校の歴史も時代の流れを順を追って学んでいくスタイルで、ドラマも大体年代を追っていくものが多くて流れの中で時々回想シーンとして過去が入ってくるというのが多かったと思う。

 

 

 

映画「家族のレシピ」

今日から新年号 令和

この一行だけでも今日はブログをUPしようと思っていた。

しかし、映画を見たので、もうちょっと書きたくなった。

 

この映画、積極的に見に行こうと楽しみにしていたわけではない。

今日は映画の日、上映時間が89分と短く、前後の用事の間で見れる。

松田聖子が出ているし。好きとか嫌いとかいうより、この人の芸能活動に興味がある。

以前テレビドラマに出ていたのを見て、演技のほうに重点を置いていくのかなと思った事がある。

しかし音楽活動は変わらずいろいろ挑戦されているようで、さて映画はどうなんだろうと、そんな興味があって見に行った。

もしかして、もっともっといろんな役に挑戦されていくかも。

 

この映画は、日本・シンガポール・フランスの合作。

戦争を知っている人たちが少なくなり、ますます過去の出来事をどう語り継いでいくのかが重要になっていく。

ずっと肯定的にいるのか、否定的にいるのか、あいまいにごまかそうとするのか、過去はなかったことにしようとするのか、知らないことにするのか。

少しでも壁を乗り越えようとするなら、いつも同じ立ち位置にいては周りのことに気がつかないから、やっぱり他者が必要だと思う。

三か国合作というのは意味があると思った。

どう伝えて前に進んでいくのがいいのか、いろんな国に生きている一人ひとりがどう考え、行動するか、身近に起こりうる出来事を通して、感じさせてくれた映画だった。

これから令和の時代を生きていく人たちにぜひ見てもらいたいと思う。

屁理屈は抜きにして、おいしそうな、思わず泣いてしまう映画だった。

 

 

 

 

平成最後に

平成は残すところ一週間を切った。

新年号が発表され、平成を振り返る番組が多い。

最近はテレビのドラマをたくさん見ているけれど、平成に入ったころは、そんなに見る時間はなくて、❝SMAP×SMAP❞や❝いいとも!❞を見るのが唯一の楽しみだったかな。

文書や表作成がワープロからパソコンに変わり始め、ホームページという言葉や、メーリングリストだとか、えっちらおっちら時代の波に乗り遅れないようついていこうともがいていた。

私は今年還暦を迎えるので、昭和半分、平成半分になる。

ちょうど平成元年に結婚したので、親の元にいた時間半分、姓が変わって半分。

それぞれを一言で括るとしたら・・・・。

括れるわけはないのだけれど、そんなこともこの一か月考えている。

たぶんこれが平成最後のブログUPになると思うので、ちょっと自分を振り返ってみた。

昭和の時代に、自分がブログを書いているなんて想像もつかないことで、これは自分の中で大きな変化だった。

平成元年に友人に勧められて始めたヨガは、習いに行けない時もずっと家でやっている。

大学を卒業したいと思っていた夢も平成で果たせたし、自分にしかわからなくてもエキストラ参加で映画やテレビの画面に入ることもできた。やってみたいと思っていたことは平成でできた。

ありがたや、ありがたや。

それでは、新年号に入ってもうやりたいことはないのか?

うーん。

やりたいことというより、やりようを変えたい??

なんとなく、生まれ変わりたい。

(爆笑)

 

 

 

 

 

映画「洗骨」

監督・脚本 照屋年之(ガレッジセール ゴリ)さんの作品

私は映画のパンフレットを買うことはあまりない。

でもこれは見終わってすぐ買って帰った。

 

洗骨・・・骨を洗うんだよね。

どう表現するのだろう、そんな興味があってみたのだが、ちょっと衝撃!

手のぬくもりを感じる映画だった。

広い景色の中、場所は一つの島、登場人物は少なく、その中でただただ何かを感じとる。

 

人が亡くなったのち何年か後に行われる風習なのだけれど、その間に起こる出来事が、この洗骨を行うことで、未来に向かう決断の機会になったり、いろんな意味を持たせてくれるのかもしれない。

 

将来宇宙と地球を行き来するようになりそうだけれど、こういう風習やお葬式ってどうなっていくのでしょう。

ちょっと飛躍して考えてしまった。

 

 

 

 

外山滋比古著書

去年の年末たまたまテレビをつけたら、「外山滋比古」という名前が字幕で表示されていた。

その方が現在の住まいでインタビューを受けている。

名前は知っているけど、ご存命の方だとは・・・。

失礼ながらすでに亡くなられているとばかり思っていた。

すみません!!

で、ずっと見た。

お話がおもしろくて、もし私が若いころこの方と知り合うことができていたら、好きになっていただろうな(笑)なんて思ってしまった。

軽くて、重い。

ユーモアがあって、芯がある。

早速著書を買って読んだ。

『思考の整理学』(筑摩書房)

『乱読のセレンディピティ』(扶桑社)

『思考の整理学』は1983年出版からのち文庫化もされ、増刷が続いている。

時代が変化していってもずっと読み継がれている。

そこに変わらぬ何か、が、あるからか。

素直に読めた。

 

「セレンデピティ」、この言葉は何年か前、旅行会社のコマーシャルだったか、メロディーにのって一時期よく耳にしていた。

どういう意味?と人に聞いたら、「まれな奇跡」と教えてもらった。

ずっとこの言葉はあのメロディーとともに、口に出てくる。

今回本を読んで、ようやくもう少し意味の理解が進んだ。

年末から今頃この本の話?って感じだけれど、なんとなく、ずっと胸に抱き続けておきたい感じって、わかってもらえるでしょうか。

いつまでもよく噛んで食べていたいような、そんな感じ。

本は気楽に読んでいいんだ!!