積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

『赤ヘル1975』

広島の本屋に行くとカープコーナーがあって、いろんなカープ関連本が置かれている。

去年の活躍もあり、今まで以上に目につく。

その中で重松清著『赤ヘル1975』(講談社文庫)が目に留まった。

1975年春に広島へ転校してきた中学1年生の男子と、地元の子どもたち、親、地域の大人との交流を、カープ初優勝への快進撃を織り交ぜながら書かれている。

 

転校生「よそモン」が、カープのこと、原爆のこと、他の地域で起こった空襲のこと、いろんなことを知って、考えて、成長していく。

本に書かれているいろんな出来事を「あ~、そうだった」と思い出し、笑って、泣いた。

懐かしかった。

 

1975年私は高校1年生だった。当時の我が家は、野球が始まるとテレビのチャンネル権は父に移り、ふてくされて勉強机に移動し、試合が長くなってテレビが延長放送に入ると仕方なくお風呂にはいる。出てみると、だいたいカープは負けていて、いつも「よいよ、つまらんのぉ~」と父がぼやく、というのが常だった。

それがこの年、いつも「はよお風呂はいりんさい!」と試合を見続けている父に怒っていた母が、一緒にテレビで試合を見るようになった。

カープ女子の始まりは母親世代からじゃないかと思う。

 

 

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映画「ラ・ラ・ランド」

アカデミー賞で話題になっていた映画。

若い頃ハリウッド作品というと華やかできれいで、アメリカに行ってみたいとあこがれて見ていた、あの気分を思い出させてくれた。

すてきな楽曲と、カラフルな映像と、 見終わって明るくなるまでの暗闇が貴重だった。

劇場の階段を下りながら鼻をすすると、前の人も鼻をすすっていた。

観客一人一人に何を思い出しましたか?と聞いてみたくなる。

最初から速攻寝ていた人がいて「ありゃー」と思いましたが、最初から「オー!!」っていうシーンでしたよ。

 

 

 

声に感動 映画「ふたりの桃源郷」

この映画満席でした。

戦後山を切り開いて生活していた夫婦が、子どものために都会へ出るが、子育てが終わって余生はあの山で過ごしたいと戻ってきた。

この二人の生活を25年に渡って追ったテレビ番組を映画版に編集した作品。

六十代後半の二人が畑仕事や食事の準備、お風呂の支度と、助け合いながら声を掛け合いながら生活している様子が、ユーモラスであり危なっかしくも見えるが、不平不満はなく、心からこの生活を楽しんでいる様子が伝わってくる。

七十代、八十代と歳を重ねていくにつれ、子どもたちのサポートが厚くなっていく。

親の老後と子どもたちの老後も重なっていく。

おじいさんが、身体がかなりよぼよぼしていたのだが、帰っていく子どもたちを見送るとき、少し背を伸ばし直立のようになって思わず敬礼しそうに見えたシーンがあった。

おじいさんの戦争の体験を思い出した。

生きていくうえで何が一番大事か、二人には共通の認識がぶれずにあったから、毎日を大事に過ごすことができたのだろう。

おばあさんが山に入っていったおじいさんがなかなか帰ってこなくて、山に向かって叫ぶのだが、ものすごい迫力があった。腹の底から声を届ける。山からもおじいさんの声が届く。

携帯に頼らなくても、人間の身体を使ってできることはある。

山にこだまする❝声❞が気持ちよかった。

 

 

 

 

再試験、合格!!

放送大学の再試験、単位取れました!!

めっちゃうれしい!!

この科目は無理だ、諦めようかと迷ったが、トライしてよかった。

 

再チャレンジの過程でいろんな気付きがあった。

いかに自分がいい加減にテキストを読んでいるか、理解できている範囲でしか判断していないとか、わかった気になってすっ飛ばしていることとか、結果を急ぐばかりに、途中を飛ばして訳が分からなくなっていたり。

今回ばかりはよーくわかった。

 

もし学生時代、難しい問題に諦めずに取り組んでいたら、その後の人生変わっていただろうか?

「○○たら、○○れば」の話をしてもしょうがないのだけれど、「あ~あの頃~」と思ってしまう。

 

時間をかけたら何とかなるということがわかったので、これから先も勉強は続けていけそうだ。 

 

 

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会話よりSNS

今日のフジテレビ「ボクらの時代  田村淳×下田美咲×徳井義実」三人三様、個性がよく出ていて面白かった。

下田美咲という人を初めて知った。

不良にしない子育てのデーター収集とか、パートナーの見つけ方とか、分析がおもしろい。

びっくりしたのは、パートナーとは会話より文章、SNSを使ってのやり取りが主流だということ。

今はそういう人が多いのかな。

結婚のプロポーズも、離婚の話しもSNS、こどももSNSで育てる時代が来るのだろうか。

 

 

 

 

 

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新聞の人生相談

新聞の中で人生相談のコーナーは、いつも一人で突っ込みを入れながら読んでいる。

 

『九十歳。何がめでたい』佐藤愛子小学館

現在九十三歳になられた佐藤さんが、日々の自分の状況や感じたことを綴られている。

いろいろな出来事を痛快にぶった切っていて面白かった。

この本の中に、新聞の人生相談の話がいくつか出てくる。

 

それを読んでいて思い出したが、何日か前の読売新聞に若い女性から「付き合っている男性から距離を置こうと言われ、それでも切れずにいる。前に進みたいけどどうしたらいいか」という相談があった。

文面から、男性から精神的なDVを受けている感じだなと読み取ったのだけれど、回答者の書き出しは、「えーそれはないでしょ。甘いよ」って思うもので心配したが、読み進むうち、最後には「御見事!名回答だ」というのがあった。

この短い文字数の中でこういう展開になるのかと感心した。

この時の新聞を探したが見当たらない。

切り抜いておけばよかった。

 

 

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映画「沈黙ーサイレンスー」

映画「沈黙ーサイレンスー」、遠藤周作の小説「沈黙」をマーティン・スコセッシ監督が映画化した。

2時間42分という長編作なので、途中寝てしまったらどうしようと不安だったが、会話の意味を考えたり、きつい映像もあり、「あ、あの役者さんが出てる!」とか人探しをしていたら、集中が途切れることなく、長く感じることはなかった。

 

日本人が書いた作品を、外国人監督が日本の風景(撮影場所は日本ではないらしい)をバックに、神父役のみ外国人であとはほぼ東洋人というキャストで撮っている。

外国人監督が、おそらくご本人とは違う(推測ですが)土壌の宗教の問題を取り上げて、日本人が違和感なく見れる映画にまとめあげるってなかなかできることではないだろう。

キチジローの目が印象的だった。

イッセー尾形の演技や英語がちょうどいい具合で、全体を重すぎず軽すぎずにしていたと思う。

 

 宗教の問題だけじゃなく、何かにこだわりを持つと、なかなかそこから状況を変えることができなくて、石のように固まってしまうことがある。

大事なことは何なのか。

 

「信仰の壁、こだわりの壁を突き抜けて、今目の前で苦しんでいる人のために行動する」

そうした結果は、どの宗教の神様だって、誰だって、怒りはしないだろう。

そう考えてしまう。

 

他国の人々はどう感じるのだろう。

この映画、外国人の感想を聴いてみたい。