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積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

『介護民俗学へようこそ!』パート2

『介護民俗学へようこそ!』(六車由実著 新潮社)を読むと、共感できるところがたくさんある。

聞き書きという行為が両者の関係を逆転させることにつながる」

介護する側と介護される側、固定化すると広がりのない窮屈な感じになる。

教えたり教えられたり、逆転すると今まで見えなかったその人の個性が見えたり、隠されていた能力が発揮されたり、見方が広がる。

この本には、そういった実例が示されている。

介護職の離職率の高さについての問題も、「「老い」が価値を失った社会」故に、「いずれは必ず「老い」を迎える自分の未来の姿に希望が持てないからではないか」そういったことを述べている。

 「いじめが起こるのは同じ塊の閉そく感の中からではないか」そんな話を何かのテレビ番組で聞いた気がする。介護施設での虐待の問題もお年寄りばかりが一か所に集まっているからではないだろうか。介護する側の効率だけが考えられている。

 介護施設というくくりではなく、お年寄りがその場所で働く人たちの子どもの面倒を見たり、子どもたちがお年寄りの様子を見守ったりとか、いろいろな役割を担う人がいて、そこにお金が落ちるような、落ち葉が積み重なって滋養になるような、そんな場所があるといい。

 少し前「「終活」を哲学しよう」という講座に参加した時、「自ら判断してバトンを渡す」ということを書いたが、「これから先まだ自分には役割がある」と思えなければ、「現役を離れたら役に立たない人間になる」という恐怖だけを抱いていたら、バトンは渡せない。

歳をとる楽しさや年寄りだからこその利点というか良さをもっとアピールできたら社会が明るくなるのかもしれない。