積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

気づき

「おさなごの  雪はらう母  傘軽し」

小学校1、2年生の頃、下校途中雪が激しく降り出した中、一人で傘をさして帰っていた。その日はあまりにも雪がひどくなってきて、心配になったのだろう。

傘をさして、下を向いて歩いていると、母がぱっと傘を持ち上げて積もっていた雪を払ってくれた。手にもらった傘が軽くなっていて「わぁ!かる~い!」って、口に出したかどうか覚えてないが、普段母が迎えに来てくれることなんてなかったし、凄くうれしかったことを覚えている。

 

その母が先日亡くなった。

兄が母と同居していて世話をしていた。

母に認知症の疑いが出てきたのは、10年以上前だったと思う。

最近は週に5日デイサービスに通っていた。

歩行が難しくなって、夜中のトイレで2回ぐらい付き添うようになり、尿漏れが起きるようになって紙パンツを使うようになったのは最近の事だ。

特に手が必要になったのは最近、とはいえ、夜中に冷蔵庫のものを食べたり、薬の管理や、徐々に徐々に兄にかかる負担は大きくなっていた。

兄が60歳になったとき、仕事を辞めた。

おそらく自分がずっと看ようと覚悟したのだろう。

時々、「全部抱えなくても・・・」と言ってみても、「自分は仕事してないんだから大丈夫だ」と言い、「口出すな」と怒られた気分になって家に帰ったことがある。

「兄のために」ということが私の一方的な思いで、兄にとっては迷惑な言葉だったのだろう。

泣けて泣けて仕方なかった。

たぶん私がいけなかったのだろう、でも何が間違っていたのか、「兄の事を思って言ってるのに」とずっともやもやしていた。

少し前、新聞に「母さん、ごめん。50代独身男の介護奮闘記」(松浦晋也 著)が紹介されていた。

これを読んで、ようやくもやもやの原因がわかった。

今の状態に至るまで10数年、ずっとそばにいて母を看ていたのは兄だ。

いちいち口に出しては言わないけれど、いろんな出来事があっただろう。

この本を読んでいて、「そういえば、あんなこと言ってたな」とか、「こんなことあったな」とか、いろいろ思い出した。

何年間もの日々をすっ飛ばして、経験者ぶって「あなたのために」なんて、腹が立つのは当たり前だ。

生意気な私に気づかせてくれて、「わかったか!」とカツを入れて母は逝ったようだ。