積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

「AI」問題

最近「AI」という文字を目にしたり聞くたび気になって、これから先世界はどうなるんだろう、人間の生活はどうなんだろう・・・。「AI」にできない仕事は?なんて考えたりしているのだが、先日映画を見た帰り、気がついた。

演技はできないよね??

また、見る側の人に何かが届くように作品を作り上げていくこと。これは無理だろう。

 

もしも「AI」が映画を作り、舞台上で演じる事ができたとしても、見る側がそこに感情移入できるだろうか。

映画や舞台で、普段登れないような高い山にのぼったり、空中で危険な演技をするのを見て恐怖感を味わったり、自身では経験することのないような出来事や経験したくない出来事に立ち向かっていく役者(AI)さんを見て、忘れていた感情や蓋をしていた感情がふっとよみがえって涙したり、日常ではありえないと思うようなドタバタに大笑いしたり、そんな人の心をつかむようなものが「AI」に作れるかしら。

自分と同じ「人間」が頑張って、いい作品を作ろうと努力している、そのバックをも見る側が受け取るから感情移入するし、感動するのだと思う。

だからこの分野では「AI」にとってかわられるというのは無理なんじゃないかな。

 

そんなことを先日映画を見た後、考えていた。

それにしてもこれから先どうなっちゃうんだろうね~なんて不安は消えない。

 

そうしたら今日の読売新聞に「読解力  AIに負けないカギ」という記事があった。

数学者・新井紀子氏の著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)が大きな反響をよんでいるということだ。

「「読解力」の向上こそが、AI に駆逐されず人生を切り開けるカギだ」そうだ。

私の中の「AI」問題に解答が得られたようで、すっきりした。

 

本屋さんとか行くと子ども向けのプログラミング教育本とかたくさん出ていて、「AI」を使いこなせる人間を育てる事に教育全体が向かっているのかななんて素人ながら感じていた。

英語教育も早期になってきている。

日常的に英語の歌やテレビ番組など英語があふれている時代なのだからそれはそれで理解はできる。

でも日本語は大丈夫なのかな。

そこがちょっと心配だった。

私自身、「私文章がちゃんと読めてない」と気が付いたのは大人になり放送大学に入ってからで、もっと読解力が身についていたら、難解な本もすらすら読めてスピードを上げてたくさん楽しくいろんな本を読んでこれたのかななんて思う。

子どもたちを鍛えてほしいな。

読解力、国語は大事。

これは昔から言われてきたことだけれど、「AI」という存在から、改めてこれらの力の必要性に気づかされたということだろうか。

子どもたちには、楽しいもの、悲しいもの、怒りを覚えて一緒に立ち向かっていける勇気をもらえるようなもの、そんな豊かな文化芸術を作り出せる大人に育ってほしい。