積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

東京オリンピック

ほんとに開催されるのかどうか、熱心なスポーツファンではなくても気になるところで。

こんな時だからこそ知恵を絞りだして・・・

 

無観客で

世界中からネットで見れるように

普段肉眼では見られない会場の様子や

選手が見ている周辺の景色

準備の様子

開会式・閉会式も各国から選手を紹介

パフォーマンスを楽しみながら日本の風景、いろんな世代の人たち、伝統技術も世界中の人が見ることができたり

なぁ~ンて。

妄想を書いてみた。

 

「それどころじゃないでしょ!」

ってお叱りを受けるかもしれないけど、世界中4年に一回のオリンピックを目指してきた人たちに何か形として提供できたらと思う。

はぁ~

何とかコロナ収束しますように。

コロナとデジタル社会

コロナ発生から一年。

海外・国内移動ができない。

行動が制限される。

こんな風に社会が変化していくのを体感するのは初めただ。

 

私が中学生のころだったか、戦前戦後を生きてきた母が「今日本は平和な世の中で、教育制度とか社会が大きく変わることなくこのまま続いていくと思っているかもしれないけど、いつか大きく社会が変わるような出来事が起こるよ。そんなに何事もない日々がずっと続くことはない」こう言ったことがある。

だから「勉強しときなさいよ」ということだったのだが。

 

今のコロナ感染拡大は戦争を知らない人間にとって、もしかしたらそれに匹敵するくらい大きなうねりの中に居るのかもと感じる。

大げさ?でしょうか。

 

治まればまた日常に戻っていくだろうと楽観もしているが、治まったとしても完全に「コロナ前」と同じではなく「コロナ後」に変化した社会になるのだろう。

   

キャッシュレス化を推進されていたが、コロナがこれを進める一つのきっかけになってきてもいるようだ。

 現金を使わず買い物できるから「あれ?お金足りませんよ。おつり間違ってますよ」なんて会話も減り、食事も静かに、電車内でも多くの人が静かにスマホ見てたり、どこに居ても一人って感じ。

 

昨日の読売新聞「人生案内」に、デジタル社会情報に疲弊している(20代男性)という相談が掲載されていた。

「「若くていいね」と言われても適応できない自分にいやになる」

私も「あ~、もうついていくのしんどいな~」なんて思う。

デジタル化になれない問題、コロナ後ますます増えていくのかな。 

 

これから社会に出る人は最初からリモートで、出社して人に囲まれて仕事をすることがなくなるかも。

困ったとき人に聞くことができればいいけど、デジタル機器大丈夫かな。

「そんな心配しなくても学校で情報教育必須で学んできますよ」っていうことか。

  

私たちの世代にデジタル情報の教育はなかった。

この1月から始まったドラマで主役の女性が「初めて現金でお給料をもらった。就職したときから振り込みで」って喜んでいた。

 

そろばんで給与計算をし、金種を数え、数人で確認しながら袋詰めをする。

手渡しの管理をする。

そう、若い頃そんなことをしていた。

 

そろばんはじいていたのに、数年後オフィスコンピューターという大きな機械を相手に仕事することになり、画面に向かって入力だの出力だの、メーカーの人に教えてもらいながら作業していた。

トラブルが起きるたびにヒヤヒヤ。

そのうちに「現金のほうがよかった」なんて愚痴も減って、社員からも「へそくりができない」なんて愚痴られることもなくなった。

 

こんな時代があったから、多分経験者はある日電気が止まって振り込みできないとなってもどうしたらいいか対応できると思う。

対処方法の想像がつく。

 

もしもいつも一人の仕事でトラブルが起きたら・・・・

 

「何とかなるんですよ」

「そのためのシステムが進むんだし」

 

そうですよね。

常に進化していくのだ。

今年のお正月は

お正月読了したのは『死ぬ瞬間』E・キューブラー・ロス

「死ぬ気満々だね」と言われ、「予習しとかんとね」と返す私。

 

昔のテレビドラマや映画を見て、「今だったらこの女性は違う選択をしただろうなって考えた。

昔の作品で女性の生き方の変化を感じる。

宮本浩次のカバーアルバムを聴きながら昭和の歌を唄って楽しみ、翌日のどが痛い!

コロナに感染したかと不安になるけど、たぶん普段使わない喉の筋肉を使ったからでしょう。

喉の老化を実感。

 

いつか時間があるときにたっぷり楽しもうと思っていたDVD「激走!地球一周40,000kmの軌跡 間寛平アースマラソン完全版」を一気にみた。

リアルタイムでネット配信していた時もずっと見ていたので様子はわかっているのだけど、もう一度浸りたかった。

暖かい部屋で見ていることに寛平さんに申し訳なさを感じながら、でっかい地球を味わった。

 

冬の太平洋すごい波の中をヨットを走らせ、極寒の中、酷暑の中、おなかを壊しても、前立腺癌の治療で薬の影響を受けながらもとにかく前へ、前へ!

忌野清志郎が亡くなったと聞いた時の涙、訪ねてきてくれた友人との再会の涙、ボスポラス海峡の橋を泣きながら走っていく姿、奥さんとの空港での再会や別れのシーン、日本に帰れる喜びを全身で表す姿、日本に入ってからも泣きながら走る寛平さん。

胸がいっぱいになる。

 

できないですよこんなこと。

サポート隊がしっかり支えていたからできたことだろうけど、とにかく寛平さんの「走りぬく」という覚悟があったからみんなが前へ前へと進んだのだ。

 

いろんな見方、評価をする人はいるのだろうが、実現したのは世界中で彼一人。

コロナ感染が終息するのにどれくらいの年数がかかるかわからないけれど、いつか5キロごとの給水ポイントに「ここを間寛平走る」なんて標識を建てていきたいわって思う。

 

今年のお正月、こんな風に見たり聞いたり食べたり・・・

だいたい月初めに体重を測るのだが、今年は昨日になってしまった。

確実に増えているのがわかっているので結果を見るのが怖かった。

数字は正直だ。

今年のサヨナラ

「放せば手に満つ」

もう20年以上前の事、何かの集まりで初めて訪問したお宅でいただいた色紙に書いてあった言葉。

あれからずっと常に目に入るところに立てかけていた。

何度かの引っ越しの時にも持ち歩きだいぶん色が擦れてきて、今年の引っ越しでとうとうさよならした。

 

ぎゅっと握りしめた手のひらを広げた指の先、何を指さすだろう。

思いがけないものに出会えるか。

 

コロナ感染拡大防止のため、ステイホーム。

ちょっとゆっくりの年末。 

 

 

 

 

嵐 活動休止

昨日の「嵐にしやがれ」最終回、録画してたら良かったのだけど、途中から見始めた。

世代が違うからかSMAPの様ほどには、思い入れは高くない。

それでも見ていたらやっぱりジ~ンとくるね。

 

なんとなく思ったことだけど、SMAPメンバーは一人一人がポールの様に立っていて、5本が束になると接触している面・していない面が出てくる。

嵐のメンバーは一人一人が面。5枚が立っている。

面というと裏表がある。

プラス・マイナスの意味ではなく社会と個人の内側のような感じで、社会的な事柄を全うしているというか、そんな感じ。

私のイメージだけど。

 

若い時代を一生懸命駆け抜けてそれをこの先もずっとは、やっぱりしんどいよね。

これからの一人一人の活躍が楽しみだ。

 

 

 

 

 

日誌

暮れも押し迫ってきた。

2020年

オリンピックが開かれていた、はず!

東京へ遊びに行けていた、はず!

まさかまさかの、世界中沼にはまったみたい。

なかなかコロナ感染の沼から抜けられない。

 

この一年をどう締めくくろうか。

10年日誌をつけている。

2001年から使い始めて今2冊目。

これももう数ページを残すのみ。

2001年からの10年はほぼ毎日、今見れば丁寧に書き綴っている。

自分自身のこと家族の事、出かけた先での出来事、心に響いた言葉などなど。

2011年からの今の日誌は無記入が増え、字も雑。

後からまとめて書こうと思っても思い出せず。

 

2021年からの10年日誌を買いに行ったら同じ様式のは廃版だそうで、サイズが小さくなった。

残念。

年を取るにつれ字が大きくなってきた。

書く中身も少なくなってくるだろうし、まあいいか。

さて、どんなことがつづられていくか。

毎日の体温とか?血圧とか?

小説の映画化

小説の映画化を楽しみにしていた2本「おらおらでひとりいぐも」と「星の子」

 

「おらおらでひとりいぐも」主演田中裕子 はまってたし、頭の中の声はこんな風になったんだって、この3人もはまっていた。

 

「星の子」はなかなか取り扱いが難しいテーマだと思うし、演じるのも難しそう。

作品にちょうど合う年齢に芦田愛菜という役者さんがいてよかった。

作品に忠実に撮られている気がした。

この作品、どこかを崩したり追加変更したら難しくなっていただろうな。

最後のシーンはどう描かれるのか楽しみにしていた。

本を読んでいたからわかるけど、読んでいない人が見たらどうだっただろう。

 

最近「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこ著を読んだ。

登場人物の一人はぜひあの役者さんに演じてほしいなと想像しながら読み終えた。

映画化されることがあるかどうか、楽しみにしておこう。