積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

「信じる」

今村夏子作の小説が映画になった。

芦田愛菜主演「星の子」完成イベントで語った「信じる」について

 

『「裏切られたとか期待していたとか言うけど、その人が裏切ったわけではなく、その人の見えなかった部分が見えただけ。見えなかった部分が見えたときに、それもその人なんだと受け止められることができる、揺るがない自分がいることが信じることと思いました」「揺るがない軸を持つことは難しい。だからこそ人は『信じる』と口に出して、成功したい自分や理想の人物像にすがりたいんじゃないかなと思いました」 』

 

私は20代後半「人を信じるから何かあったとき裏切られたと寂しくなるのだ」と言われたことがある。

「え~、それじゃ人との絆?つながり?関係はどうなるの??」なんて思ったけれど、頭のどこかにそれがあるからだろう、それからは人との距離が緩くなった。

「人を信じる・期待するから裏切られたと思うのだから、信じないわけではないが期待しなければいいのだ」そう思い始めた。

人に期待しない、人は自分の思う通りにはならないのだからと割り切ってお気楽に過ごしていた日々があり、その先に、自分がその人の期待通りではなかったと気づかれ去っていかれることもあり、寂しい人生をおくっているなと思っている。

 

芦田愛菜のようにここまで明確に言葉にできるほど考えてはいなかった。

芦田愛菜16歳

考えをきちんと言葉にできる、すごい!!

 

今朝の情報番組「スッキリ」で、前田裕二さんが哲学イデアの話としてこんなことを言っていた。

『「リンゴは赤いもの」とだけ思っていたら、青いリンゴに出合った時これをかたくなにリンゴと信じないことがある。それでは見方が狭すぎる。「これもリンゴか」と見方を広くすることが大事だ 』 とか。(一言一句正確ではありません。私の理解が入ってます)

司会の加藤浩次さんが「自分の軸をしっかり持って・・・」と言うと、ロバート・キャンベルさんが、「軸はコマのようにいつも揺れている。いろんな意見に出合って影響を受けたり反発したり、軌道修正しながら生きている。軸は揺れていい」(これも私の聞きながらの理解です)と。

芦田愛菜さんの「信じる」についての話から、これらの展開が面白かった。

 

揺れる自分はいとおしい。

いとおしいと思う自分を信じたい。

こんな自分を信じたい。

そして他人も揺れていて、揺れる他人も信じたい。