積読(つんどく)日記

本はただ机の上に積んであるだけ・・・の状態で日々過ごしています。新聞や雑誌・映画・テレビなどから、気になったことを書いています。

コロナとデジタル社会

コロナ発生から一年。

海外・国内移動ができない。

行動が制限される。

こんな風に社会が変化していくのを体感するのは初めただ。

 

私が中学生のころだったか、戦前戦後を生きてきた母が「今日本は平和な世の中で、教育制度とか社会が大きく変わることなくこのまま続いていくと思っているかもしれないけど、いつか大きく社会が変わるような出来事が起こるよ。そんなに何事もない日々がずっと続くことはない」こう言ったことがある。

だから「勉強しときなさいよ」ということだったのだが。

 

今のコロナ感染拡大は戦争を知らない人間にとって、もしかしたらそれに匹敵するくらい大きなうねりの中に居るのかもと感じる。

大げさ?でしょうか。

 

治まればまた日常に戻っていくだろうと楽観もしているが、治まったとしても完全に「コロナ前」と同じではなく「コロナ後」に変化した社会になるのだろう。

   

キャッシュレス化を推進されていたが、コロナがこれを進める一つのきっかけになってきてもいるようだ。

 現金を使わず買い物できるから「あれ?お金足りませんよ。おつり間違ってますよ」なんて会話も減り、食事も静かに、電車内でも多くの人が静かにスマホ見てたり、どこに居ても一人って感じ。

 

昨日の読売新聞「人生案内」に、デジタル社会情報に疲弊している(20代男性)という相談が掲載されていた。

「「若くていいね」と言われても適応できない自分にいやになる」

私も「あ~、もうついていくのしんどいな~」なんて思う。

デジタル化になれない問題、コロナ後ますます増えていくのかな。 

 

これから社会に出る人は最初からリモートで、出社して人に囲まれて仕事をすることがなくなるかも。

困ったとき人に聞くことができればいいけど、デジタル機器大丈夫かな。

「そんな心配しなくても学校で情報教育必須で学んできますよ」っていうことか。

  

私たちの世代にデジタル情報の教育はなかった。

この1月から始まったドラマで主役の女性が「初めて現金でお給料をもらった。就職したときから振り込みで」って喜んでいた。

 

そろばんで給与計算をし、金種を数え、数人で確認しながら袋詰めをする。

手渡しの管理をする。

そう、若い頃そんなことをしていた。

 

そろばんはじいていたのに、数年後オフィスコンピューターという大きな機械を相手に仕事することになり、画面に向かって入力だの出力だの、メーカーの人に教えてもらいながら作業していた。

トラブルが起きるたびにヒヤヒヤ。

そのうちに「現金のほうがよかった」なんて愚痴も減って、社員からも「へそくりができない」なんて愚痴られることもなくなった。

 

こんな時代があったから、多分経験者はある日電気が止まって振り込みできないとなってもどうしたらいいか対応できると思う。

対処方法の想像がつく。

 

もしもいつも一人の仕事でトラブルが起きたら・・・・

 

「何とかなるんですよ」

「そのためのシステムが進むんだし」

 

そうですよね。

常に進化していくのだ。